サリー・アリ・
ムンタリ(Sulley Ali Muntari、1984年8月27日 - )はガーナ出身同国代表サッカー選手。セリエAのインテル・ミラノに所属。ポジションはミッドフィルダー。
クラブ
ガーナの首都アクラにあるリバティー・プロフェッショナルズFCのユースチームでサッカー選手としてのキャリアをスタートさせる。 ユースレベルでの活躍からプレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドFCを始めとする複数のクラブから誘いを受け、最終的にはイタリア・セリエAのウディネーゼに加入。2002-2003年シーズンの2002年11月、対ACミラン戦でセリエAデビューを果たした。
2002-2003年シーズンより監督に就任したルチアーノ・スパレッティの下でチームは2002-2003年シーズン・5位、2003-2004年シーズン・7位、2004-2005年シーズン・4位と好調を維持し、その中でチームの中核としてプレー。翌2005-2006年シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグの舞台も経験した。 一方でスパレッティが同じセリエAのASローマに移って以降、ウディネーゼは精彩を欠き、2005-2006年シーズン・2006-2007年シーズンと続けて10位に甘んじてしまう。サッカー選手としての更なるキャリアアップを求めて移籍を決断し、セリエAの強豪クラブからのオファーもあったが、プレミアリーグでのプレーを希望。2007年5月にかねてからオファーを受けていたポーツマスFCへ移籍した。
2008年7月28日インテル・ミラノへ推定1400-1600万ユーロ、4年契約で移籍した。
代表
2001 FIFAワールドユース選手権のガーナ代表メンバーに選出され、準々決勝でカカ擁するブラジル代表戦に勝利した。決勝では開催国であるアルゼンチン代表に敗れたが、それまで無敗というチームの快進撃にレギュラーとして大きく貢献した。2002年5月のスロベニア戦でガーナA代表デビューを果たした。
ブラック・スターズ(ガーナ代表の愛称)の中心選手となり、2006 FIFAワールドカップに出場した。イタリア、チェコ、アメリカと強豪揃いのグループEだったが、チェコ戦でゴールを決めるなどチームのグループリーグ突破に貢献した。決勝トーナメント1回戦ではブラジルと対戦し0-3で敗戦するものの、スティーヴン・アッピアーやマイケル・エッシェンらと共に精力的にピッチを走り回りこの優勝候補を慌てさせた。
2008年のアフリカネイションズカップでは大会ベストイレブンに選出された。
所属クラブ
ウディネーゼ 2002-2007
ポーツマスFC 2007-2008
インテル・ミラノ 2008-