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安田理大 

安田 理大(1987年12月20日 - )は、大阪府吹田市出身(生まれは兵庫県神戸市)のサッカー選手。ポジションは左サイドバック及びミッドフィールダー。Jリーグ・ディビジョン1、ガンバ大阪所属。同クラブに所属する安田晃大は実弟。大阪府立吹田東高等学校卒業。



兵庫県神戸市に生まれ、5歳の時に大阪府吹田市に転居。

サッカーと出会ったのはこの頃で、近所の友達と毎日サッカーをしていたという。当時住んでいたマンションは万博記念競技場のすぐ近くにあり、ホームゲームには家族揃って毎試合のように通う熱心なガンバ大阪ファンとなる。

小学4年生のときに兄弟とともにガンバ大阪のジュニアチームに入団し、その後ジュニアユース、ユースへと昇格する。ユース時は中盤がほぼフラットの4-4-2で左サイドハーフを務め、試合展開によってはフォワードに近い位置で起用されたこともある。年代別代表にも名を連ね、AFCユース選手権予選のU-18北朝鮮代表戦では、途中出場ながら決勝点を挙げて本大会出場を決めた。このチームでは左サイドバックでの起用が多かった。

2006年にガンバ大阪ユースからトップチームに昇格。この時に同時に昇格した6人組にはクラブによって「G6」という愛称がつけられていた。

2006年4月1日の清水エスパルス戦で公式戦デビューを飾るが、この年の出場は2試合に留まった。

当初は中盤でプレーしていたが、2007年は世代別代表で経験のあった左サイドバックとして抜擢され、ゼロックススーパーカップ・浦和レッドダイヤモンズ戦で初スタメンを飾り、得意のドリブルで浦和レッズの守備陣を翻弄。ガンバ大阪の初優勝に貢献した(本人曰く、「俺(運を)持ってるな!」とのこと)。そのプレーは日本サッカー協会キャプテン川淵三郎と日本代表監督 イビチャ・オシムから絶賛された。

その後の開幕戦でもスタメンで出場し、左サイドバックのレギュラーに定着した。同年のナビスコカップでは「ニューヒーロー賞」を受賞。さらに決勝戦では決勝ゴールとなるプロ初ゴールを挙げ、MVPを受賞。ニューヒーロー賞とナビスコカップMVPのダブル受賞は田中達也(浦和)に次いで2人目だった。

飛躍の年となった2007年の12月には岡田武史監督就任後初めてのA代表合宿に初招集。つづく、2008年2月の東アジア選手権メンバーには追加招集され、2月17日の北朝鮮戦で途中出場して国際Aマッチ初キャップを記録した。2009年2月4日の親善試合・フィンランド戦で代表初ゴールを記録。 2009年より登録をMFからDFに変更した。

エピソード

憧れのサッカー選手は三浦知良。

尊敬する人物は坂本竜馬。中学時代に司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読破したことがきっかけ。

小学生の時はガンバのファンクラブに入っており、ホーム万博の試合は毎試合観戦し、いつか自分もそのピッチに立つことが夢であった。

高校3年時に出場したプリンスリーグU-18関西大会決勝戦、対滝川第二高等学校戦にて、左サイドハーフェイラインから単独でドリブル突破を敢行。次々と相手DFを抜き去り、左45度から左足でニアサイドを破り豪快にゴールネットを揺らせた強烈なドリブルシュートは印象的。

兄も含め3兄弟揃ってガンバ大阪ジュニアユースの出身。U-17日本代表の経験を持つ末弟安田晃大もガンバ大阪ユースから2008年にトップチームへ昇格。本人曰く、「サッカーセンスは弟の方が上」。

2007年3月11日J1第2節鹿島アントラーズ戦でイエローカード2枚で退場処分。試合後西野朗監督に髪色(金髪)を指摘され、翌日反省の意味を込めて丸刈りになった。

西野監督の言葉には、反省をしろと言う事ではなく“髪を切ることで気持ちを切り替えろ”と言う真意があった。翌日、丸刈りにしたものの6ミリで金髪だったため、播戸竜二に「そんな長さで許してくれるんか!」と一喝され、3ミリにして髪も黒く染めた。

丸刈り以降も、マスコミには「浪速の金狼」と書かれることが多い。

U-20W杯に向けて、再び金髪にした。そこでも西野監督に“世界大会に行く前の若い選手にありがちなパフォーマンス。古いね”と苦言を呈された。

2008年6月18日には、髪型が似ているといわれた春風亭小朝がブログで話題にした。

2007年8月9日に、結婚を発表した。夫人(当時23歳)は妊娠8ヵ月で9月16日、第1子となる長女が誕生した。(実際に入籍したのは5月1日、披露宴は2009年1月4日)

2008年2月20日の東アジアサッカー選手権での日本対中国戦では、ゴール前でゴールキーパーと1対1になりシュートを入れようとした所、中国のゴールキーパーの宗磊から跳び蹴りを食らい負傷退場し病院へ直行した。

2008年12月18日のFIFAクラブワールドカップでマンチェスター・ユナイテッドと対戦した際、クリスティアーノ・ロナウドとユニフォームを交換した。

千葉ロッテの西岡剛とは、友人である。

阪神タイガースのファンであり、「月刊タイガース 2008年12月号」の「各界タイガースファンインタビュー」でファン歴、甲子園での観戦について語っている。

2007年ナビスコカップ決勝、2008年ACL決勝第1戦でのゴールと、カップ戦決勝となにかと縁がある。また、Jリーグのリーグ戦でゴールを挙げるより先に、日本代表の方でゴールを決めるという珍しい記録を持つことになった。



プレースタイル

右利きだが左サイドを担当することの多いドリブラーである。「仕掛ける」という意識が高く、優れた足元の技術(特にシザースフェイントが秀逸)とスピードを生かした果敢な攻撃参加が武器。

左サイドバックとして、思い切りのいい攻め上がりを見せている。守備力やクロスの精度が課題であったが、レギュラー定着により守備力も大幅に改善した。ドリブル突破後のクロス、シュートの精度も急激に成長している。

また、2009年シーズンには、チーム事情として左サイドハーフや右サイドバックとしても出場している。





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