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山田直輝 

山田 直輝(1990年(平成2年)7月4日 - )は、広島県広島市生まれ、埼玉県さいたま市育ちのサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。J1、浦和レッドダイヤモンズ所属。



小学生の頃は北浦和サッカー少年団に在籍。小学校6年時に選抜チームであるFC浦和で全日本少年サッカー大会で優勝した。中高生年代では、ジュニアユース、ユースと浦和レッドダイヤモンズの下部組織に所属。ジュニアユース時の2005年には、高円宮杯U-15で優勝。

2006年から浦和レッドダイヤモンズのサテライトにボランチとしてたびたび出場(2007年のサテライトでは6試合出場、1得点。2008年のサテライトでは5試合出場)。また、2007年8月に行なわれたU-17ワールドカップでは、U-17日本代表に選出。10番を背負い、3試合に出場した。

2008年4月に、2種登録選手としてトップチーム登録[2]。4月26日、対京都サンガF.C.戦で後半35分から途中出場。17歳9ヶ月22日でJリーグデビューを果たした。2008年中の公式戦出場は、6月8日のナビスコカップ対名古屋グランパス戦とあわせ、2試合。ユースでも、10月13日、高円宮杯決勝の対名古屋グランパスU-18戦にてハットトリックを達成し、悲願の優勝に大きく貢献(試合は9-1で浦和が勝利)。自身も同大会で8ゴールを決め、得点王となった。

2009年、高橋峻希、濱田水輝、永田拓也とともにトップ昇格[3]。第2節の3月14日、対FC東京戦にて後半33分から途中出場し、ポンテのゴールをアシスト。これがプロ入り初アシストである。4月29日、対清水エスパルス戦にて後半29分、プロ初ゴールをあげた。また、4月にはチームメイトである原口元気とともに、U-20代表候補に選ばれたが、右太腿裏を痛めたため代表合宿への参加を辞退した(原口は参加)。

2009年5月21日、トップ昇格1年目にして日本代表に初選出され、5月27日、キリンカップ対チリ戦の前半39分から途中出場。後半47分には、この試合4点目となる、本田圭佑のA代表初ゴールをアシスト。その後、右臀部を痛めて代表から離脱、ワールドカップ最終予選には帯同しなかった。


プレースタイル

167cmと小柄で、足も特別速いわけではないが、90分走り続けることができる豊富なスタミナ、優れたフィジカル、高い戦術理解能力を持つ。守備意識も高く、チャンスメイク・ゲームメイクと守備を同時に行える高いバランス感覚の持ち主。また、ミッドフィルダーでありながら高円宮杯U-18で得点王に輝いたように、得点能力も高い。


人物

父は、元アジアユース(U-20)代表、JSL1部・マツダSCでSBやMFとして活躍した山田隆。

練習中に闘莉王、名古屋グランパス戦でダヴィを吹き飛ばすなど、小柄だがフィジカルは強靭。

本人曰く、目標は「頭の良い選手」。また、マケレレを尊敬しているという。

チームメイトである原口元気のプレーを初めて見たのは小学生の時、父親に「原口の試合を見に行くぞ」と言われて連れて行かれた試合だった。

北浦和サッカー少年団時代のチームメイトに柏レイソルの武富孝介がいる。

FC浦和で全日本少年サッカー大会、レッズジュニアユースで高円宮杯U-15、レッズユースで高円宮杯U-18と、小学校、中学校、高校で全国制覇を成し遂げた。

2009年6月、イギリスのスカイスポーツの世界の有望な若手選手を探す番組の中で山田を紹介。80点満点の採点では3位タイの64点をつけ、ポール・スコールズに似ている、と評した。


所属クラブ

ユース経歴

北浦和サッカー少年団
浦和レッズジュニアユース
2006年(平成18年)-2008年(平成20年) 浦和レッズユース

プロ経歴

2008年(平成20年)4月- 浦和レッドダイヤモンズ



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090706-00000097-jij-spo






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